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前橋地方裁判所高崎支部 昭和44年(ワ)4号 判決

原告 中島孝一

〈ほか一名〉

右両名訴訟代理人弁護士 遠藤良平

同 遠藤昌延

被告 谷口工業株式会社

右代表者代表取締役 谷口辰夫

右訴訟代理人弁護士 坂本英雄

同 坂本英一郎

主文

一  被告は原告中島明禰に対し一二〇万円およびこれに対する昭和四四年四月一日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告中島明禰のその余の請求および原告中島孝一の請求を棄却する。

三  訴訟費用中、原告中島明禰と被告との間に生じた分はこれを一三分しその一を被告の、その余を同原告の各負担とし、原告中島孝一と被告との間に生じた分は同原告の負担とする。

四  第一項に限り仮に執行することができる。

事実

第一申立

(原告)

一  原告孝一に対し一八六万二三八〇円、原告明禰に対し一五三八万五六円およびこれに対する昭和四三年一二月三日から完済まで年五分の割合による金員の支払

二  訴訟費用被告負担

三  仮執行の宣言

(被告)

請求棄却、訴訟費用原告負担

第二主張

一  請求の原因

1  原告孝一は別紙目録記載の建物(以下本件建物という。)の所有者であり、原告明禰は本件建物において「三好食堂」なる喫茶食堂を経営して来たものであり、被告はガスレンジのメーカーである。

2  原告明禰は昭和四二年二月初旬頃被告に対し中華料理用ガスレンジを注文した。その注文の際同原告は被告従業員に本件建物におけるレンジの設置場所を実際に示し、壁にぴったりつけて置くように指示した。

3  ところが被告の作成納入したレンジ(以下本件レンジという。)の構造は、壁に接するレンジ後面に排気孔が九個設けられ、そこからガスの炎や熱気が吐き出されるようになっておるものであり、その上常時強度のガスを使用する支那ナベ(ゆで釜)をかける部分を別紙図面のAに設け、排気孔出口から一五センチメートルのところで強烈なガスをたくしくみになっていた(ちなみに右の構造は同原告の注文―同図面の赤線で示すもの―と合致しないものであった。)。

4  本件レンジを設置すべく原告明禰方で従来使用していた石炭レンジを取り除いてみると、壁面下部に厚さ約一〇センチ、巾三尺位のコンクリートの立ち上りがあったため、これに接着して本件レンジを設置したところ、排気孔のあるレンジ後面から壁面までに一一・三センチの空間が生じた。

5  右のようにして本件レンジを使用したところ、前記排気孔から排出される熱気は逐次壁に接着する木柱に浸透し、原告ら不知の間に右柱は次第にけし炭状になり、遂に昭和四三年一二月二日午後一時火災となり、本件建物は全焼し、原告明禰の経営する食堂の什器備品が全部消滅した。

6  本件火災に対する被告の責任原因は次のとおりである。

すなわち、被告は本件レンジの設計・製作にあたり、本件レンジを設置場所に置いた場合の燃焼物との距離をあらかじめ調査して知っていたのであるから、火災予防のために排気孔が吐き出す熱気を上方に安全に排出する装置を設けるべきであったのにこれをしなかった。このために本件火災が発生したのであり(後記の如く原告側でステンレスをはったことはさしたる加功とならない。)、これは被告の不法行為であると共に、製造納入者として債務の本旨に従った履行をしなかったことになるから債務不履行である。

7  ところで、被告は本件レンジの納入設置に際し、排気孔が後面にあることの説明、その他火気保安上の注意を何らしなかったので、原告側では前記レンジ後面と壁面との間の隙間に食品の切れはしなどが落ちると腐敗したりして衛生上有害であることに鑑み、右の隙間上部にステンレスを張ってこれを防止した。元来この種レンジには右の弊害を防止するため向い側にステンレスの傾斜面が取付けられているのが常識なのである。

8  若し、ステンレスを張ったことが出火に加功しているとするならば、原告は次のように主張する。

すなわち、右のように、被告は本件レンジの納品に際し、排気孔の説明や火気保安上の注意を何らしなかった。本件レンジのように危険な商品に使用書も構造図面も添えなければ注意もせず、責任者が納品に立会って指導することもせず、社員二人に納品をまかせ放しにしたのは、注文品売買契約上火災発生防止について充分の注意を為すべき義務を怠ったものである。もし被告が本件レンジは旧石炭レンジと異り裏面に排気孔のある危険なものだと説明していたならば、原告としても火災を防ぐ処置を講ずることができたはずであるから、本件火災は起らなかったものである。すなわち、本件火災は被告の債務不履行にもとづくものである。

9  (原告らの損害)

(一) 原告幸一は本件建物全焼の被害をうけたが、本件建物の昭和四三年度固定資産評価額が一八六万二三八〇円であるところ、今日固定資産評価額は一般市価の四分の一程度であるのが実情である。同原告は火災保険金一八〇万九五二四円を受領したが、なお填補されざる損害として固定資産評価額相当の一八六万二三八〇円を請求する。

(二) 原告明禰の損害は(1)(物損)別表に記載のとおり一、四一八万五六円である。これは右表に明らかなとおり、実損害額から火災保険金により填補された額を差引いた残額である。(2)(休業補償)営業を休業した得べかりし利益の損失が一日一万円と計算して、昭和四三年一二月三日から新規開業まで一二〇日を要したので計一二〇万円を請求する。

(三) 以上損害額に対する履行期後の昭和四三年一二月三日から完済まで民事法定利率の年五分の割合による損害金の支払を求める。

二  請求原因の認否

1  請求原因1記載の事実中、被告がガスレンジメーカーであることは認めるが、その余は不知。

2  同2の事実中原告明禰からガスレンジの注文を受けた事実は認めるが、その余は争う。

3  同3記載の事実中、本件レンジ後面に排気孔が設定されていることは認めるが、その余は争う。(ことに本件レンジの構造が同原告の注文と合致しないという点は事実に反する。)

4  同4の事実中本件レンジを設置した際壁面との間に空間が生じたことは認める。しかし、これは被告が火災の危険を考慮して、ことさらにレンジと壁面との間に一一・九センチの間隔を設定したものであって、コンクリートの立ち上りのため止むなく生じたものではない。

5  同5の事実中火災発生の事実は認めるが、出火の原因は争う。

6  同6の被告の責任は否認する。そもそも、ガスレンジにおいて排気孔を設定することは当然であり、これがなければレンジを操作することは不可能である。右排気孔からは当然熱気が排出されるので、被告はその点を考慮して、レンジとその背後のトタン張りの壁との間に約一一センチの間隔をおいて本件レンジを配置したのである。これだけの間隔があればレンジの熱気は十分排気出来て危険性はないのである。しかるに、原告らは本件レンジ設置後間もなく、レンジと壁との空間の上部にステンレスを張りつめたので、レンジの熱気は上方に排出不可能となった。このため、あたかも煙突の上部がふさがれた場合のように、排気の熱気は十分に放散されずに右空間にこもり、この状態が一年一〇ヵ月継続したために本件火災が発生したのである。

7  同7の事実中原告側でステンレスを張ったことは認める。

8  同8の事実は否認する。なるほど、被告は本件レンジの裏側に数個の排気孔のあることを原告に告知したことはない。しかし、被告は本件レンジ設置の際、壁に接着して取付けるよう強く希望した原告に対し、火災発生の危険があるから壁との間隔をとる必要があることを説明し、約一一・九センチはなしてレンジを取付け、原告もこれを聞いて納得したのである。

9  同9の原告らの損害は争う。

三  抗弁

1  (失火責任法)原告主張の不法行為責任については、失火の責任に関する法律により重過失が要求されているが、被告に重過失はないから原告の請求は失当である。

2  原告主張の契約不履行責任について。請負契約にあっては、請負人は契約の目的物を引渡した後は瑕疵担保責任のみを負い右瑕疵担保責任も引渡しの時から一年を経過すれば消滅する。本件火災は被告が本件レンジを納入した昭和四二年二月から一年一〇ヵ月経過した後に発生したのであるから被告の契約上の義務は存在しない。

3  仮りに本件レンジの引渡時点において、排気孔の存在場所などの指示説明について被告に多少不充分の点があったとしても、引渡後はレンジに対する保管・保安責任は総て原告側にある。すなわち、原告側においてレンジの操作と、操作によるレンジの活動状態、火気・火力の流体状態等に注意すべきは当然である。しかも原告側は一年一〇ヵ月間本件レンジを使用し続けて来たのであるから、右事実により被告の説明の不十分と火災との間の因果関係は中断されたと認むべきである。

4  (過失相殺)原告方の料理人で本件レンジを毎日使用していた黒沢東迪は本件レンジの排気孔の存在を知っていたものである。すなわち、ガスレンジにはガスバーナーから出る火の余熱を利用して付近に設置してある銅壺などの温水を使用するいわゆる余熱型と、そうでないものとがあり、余熱型には火気がその中をつたわって銅壺などの水を温めるための排気孔が必要となるのに対し余熱を利用しない型では余熱はかけてある鍋などの両端から上部に排気されるため排気孔は必要性がないのである。そして本件レンジは原告の注文により余熱型としたのである。ところで黒沢は本件レンジを設置する際手伝っているからレンジの構造を知悉しているはずであるし、また中華用のめん類を釜でゆでるとカン水といって弱アルカリ性のものが生ずるので、釜の湯は一日に二〇回以上とりかえる必要があるのであるが、その折釜を上げればその周囲に排気孔があることは一目瞭然である。さらに、黒沢は中華料理の製造に日頃従事している調理士でありガスレンジ使用の経験者であるから排気孔の存在を知らないということはあり得ない。このように黒沢調理士は本件レンジに排気孔のあることを知りながら後部空間をステンレスで塞ぎそのまま使用を続けたのであるから、原告には大きな過失があり、過失の割合は原告側八に対し被告側二というべきである。よって過失相殺を主張する。

5  (損害の填補)原告孝一は消失動産について一五〇万円の、原告明禰は動産について四三〇万円、本件建物について一九〇万円の各火災保険契約を日動火災海上保険株式会社との間に締結しており、同社は被保険者である原告孝一に対し本件火災につき保険金七三二万九六七円を支払った。

四  抗弁の認否

抗弁4の過失相殺の主張中、黒沢が本件レンジの排気孔の存在を知っていたことは否認する。黒沢はレンジの設置を手伝ったがきわめて重いものなので運ぶのに精一杯であったし、備付けた以後はレンジ背面を見るよしもなかった。また原告方で以前使用していた旧石炭レンジも余熱式であったが、排気孔は裏面などになく吸入孔のみで周囲はトタンを張ってあったのである。

五  証拠≪省略≫

理由

一  被告がガスレンジのメーカーであることは当事者間に争がなく、≪証拠省略≫によると、原告孝一は本件建物の所有者であり、同明禰は本件建物において三好食堂なる屋号で食堂を経営している事実を認めることができる。

二  ≪証拠省略≫によれば、原告明禰は昭和四二年二月初め頃、三好食堂においてそれまで使用していた調理用の石炭レンジが老朽化したため新しいガスレンジと取り替えようと考え、同食堂の調理人である黒沢東迪と共に業界誌の広告で知った被告会社を訪れたところ、設置場所を見て設計・製作したいという被告の希望で即日被告の従業員谷口光男(営業部長)および藤森紀男の両名を伴って帰宅し、調理場の旧石炭レンジの設置してある現場を示して、その場所に合う寸法・形状の中華料理用ガスレンジの製作を依頼したこと。右谷口はこれを承諾し、黒沢調理人からコンロの配置などについての希望を聞いて大よその見取図を作成し、レンジは余熱を利用して湯を沸すいわゆる余熱型とすることを約し、見積りをして、ここに原告明禰と被告との間にガスレンジの製作納入に関する契約が成立したこと、以上の事実を認めることができる(被告が同原告からガスレンジの注文を受けた事実については当事者間に争がない)。

三  ≪証拠省略≫を総合すると、被告は右契約に基づき、中華料理用のガスレンジを製作し、右レンジ(以下本件レンジという。)を昭和四二年二月一四日本件建物に搬入したこと。本件レンジのコンロ配置は別紙平面図の黒線部分のようになっており、本件レンジの背面には別紙背面図に示すように燃焼したガスの熱気を排出する排気孔が一一個設けられていたこと、以上の事実を認めることができる。

四  ≪証拠省略≫を総合すると、

(1)  被告は右のように完成した本件レンジを被告の従業員藤森紀男および岩見幸一の両名をして小型トラックで本件建物まで搬送させたが、本件レンジの重量は約二〇〇キロもあったため、右両名だけでは持運びもならず、黒沢調理人ほか原告側の者の手を借りて、六・七人がかりで調理場に据えつけたこと。その際原告明禰らは壁際にぴったりくっつけて置くことを望んだが、旧石炭レンジを取り除いてみると、その陰になっていた調理場の壁面下部に厚さ約一〇センチ、巾約一メートル、高さ約三〇センチのコンクリートの立ち上りが存在し、これがレンジを壁に接着させることを妨げたため、本件レンジの背面と調理場の壁との間にはレンジの向って左端において一〇センチ、右端から約四〇センチのところで一九センチの空間が生じたこと。

(2)  本件レンジの背後にあたる調理場壁の状態は、土壁であって丁度ゆで釜のコンロ(別紙平面図黒線のA)真後ろに当る箇所に柱があり(同図参照)、本件レンジのほぼ西(向って左)半分に面する部分には土壁の上にベニヤ板が張ってあり、東(向って右)半分に面する部分は壁のままであるが、更に壁の全面にわたってトタンが張ってあったため、外部からはトタンの下の壁の状況はわからなかったこと。右据付の際被告から派遣された前記両名は、本件レンジには排気孔が裏面に設けられていること、したがって、壁との間の後部空間を設けることが必要であることなど火気保安上の注意を与えることなしに帰社したこと。そこで、原告明禰らは右のようにして生じたレンジと壁との間の隙間に調理中の食品材料が落ちたり、鼠が出入りするのを防ぐため、本件レンジ設置の二、三日後に、壁にステンレスを張ってその下部を本件レンジの高さで折り曲げレンジにわたす方法で右隙間の上部をふさいだこと。ちなみに、同原告方では旧石炭レンジを使用していた際にも、レンジと壁面との間に隙き間があったので、そこから食品などが落ちないようにレンジと壁との間に板を張り、その上にブリキを張って右空間をふさいでいたため、本件レンジを使用するに当っても何ら抵抗を感じないで右のステンレス装置を施したこと。ガスレンジには後部に物が落ちるのを防ぐため、傾斜面を取付けているものが多いのであるが本件レンジにはこれがなかったこと。そして、本件レンジの契約にあたり被告の従業員谷口光男が本件建物の調理場を下見した折、同人は旧石炭レンジと壁との間にトタンが張ってあるのを現認していること。

以上の事実を認めることができる。

証人谷口光男の証言(第一回)中、設計時に一〇センチ間隔をあけるよう調理人黒沢の了解を得ていた旨を述べる部分は措信しない。また証人藤森紀男は、壁にぴったりつけるよう云われたので、一〇センチあけるよう設計されているし、壁につけると危険だと説明して黒沢調理士の納得をえ、実際に一〇センチあけて設置した旨を供述しているが、右は前認定の各事実、すなわち本件レンジはかなり重量のあるもので数名がかりで運搬しなければならなかったこと、同時に旧石炭レンジを取外したこと、および、≪証拠省略≫から認められる被告は本件レンジと共に流し台をも搬入したが、これは注文品と規格が異なるとの理由で受領を拒絶されたことなどからして、本件レンジの搬入時は本件家屋内部は可成り混雑し、被告従業員と原告側との間には多くのやりとりがあって当事者は冷静に対話説明する状態になかったと推認されること、被告従業員が本件レンジ背面に排気孔があることは説明しないで(この事実は当事者間に争がない)ただ危険であることだけ説明するのは殊更排気孔の存在を隠す事情でもあれば格別、そうでなければ不自然であること、加えて前認定のようにたまたま本件レンジの設置場所にはコンクリートの立ち上りがあって、危険性の説明をしないでも結果的にレンジと壁との間に約一〇センチの空間が確保され得たことを考慮し、右証言を否定する前掲各証拠に照らすときは、証人藤森の前記証言は容易く措信することはできない。そして他に右認定を覆えすに足る証拠はない。

五  ところで、≪証拠省略≫によると、右のように設置してから原告明禰方では本件レンジを営業日は平常午前九時頃から午後八時頃まで、別紙平面図黒線のA(ゆで釜―中華そばをゆでる釜―をかけるこんろ)、D(スープ釜をかけるこんろ)二つのこんろに都市ガスを点火しつづける状態で連日使用したところ、本件レンジ背部に設けられた前記排気孔から放散された熱気はレンジ後部壁面に張られたベニヤ板および右Aコンロ背後の柱に浸透し、着火しては消える状態を繰り返して次第に燻焼して行き、遂に本件レンジ引渡の日から約一年一〇ヵ月を経た昭和四三年一二月二日午後一時頃火災となり、本件建物の中央主要部分を焼失したことが認められる(火災の事実は当事者間に争がない。)。

六  以上の事実にもとづいて、先ず原告主張の不法行為ないし債務不履行の成否について判断する。

1  原告はまず本件火災の原因は、被告において本件レンジの背部に排気孔を設けること自体にあり、原告側において前記ステンレスの覆いを設けた事実にかかわりなく火災が発生したのであるから、被告の本件レンジ製作自体が不法行為であり、かつ債務不履行であると主張する。よって按ずるに、本件出火の原因は前認定のとおりであり、本件レンジ背部から排出された熱気が徐々に本件建物の木材部分に浸透したことによるのであり、本件レンジと壁面までの間が最少一〇センチしかなく、木材部分には断熱材としてトタンが張ってあったに過ぎないこと、そこに本件レンジの排出孔から吹きつける熱気は可成り高温のものと考えられること(証人小池勇三は約五〇〇~六〇〇度と証言し、証人谷口光男は三〇〇~四〇〇度と証言している。)、木材の発火点は通常摂氏三〇〇度であることなどを考えると、原告の主張もあながち根拠のないものとは言えないようにも思われるが、他方右の温度を正確に測定した資料は本件においては提出されていないし、レンジと壁との隙間をステンレスで塞いだことが排気熱を可成り上昇させるであろうことは常識上明らかである上、本件において出火までに約一年一〇ヵ月弱の期間を要していることを考慮すると、いまだ原告の出火原因に関する主張を肯認することはできない。

そうであるならば、原告は不法行為責任を云々するけれども、本件レンジの製作納入行為自体と本件火災とは因果関係がないというべきであるし、仮に事実上の因果関係ありと考えるべきであるとしても、被告の抗弁するように結果発生の予見ないし回避につき失火責任法にいう重大なる過失ありとは到底いうことができないから、被告は不法行為責任を負わないものといわねばならない。したがって、原告孝一の本訴請求はその余の点につき判断するまでもなく失当として棄却を免れない(同原告は契約当事者でないから、被告に対し契約責任を追及し得る立場にない。)。

また原告は債務不履行を主張するけれども、出火原因に関する右の判断を前提とすれば、本件レンジの製作納入行為自体が債務の本旨に従った履行とならないということはできない。

2  次いで、原告は被告が本件レンジの納入にあたり、原告に対し排気孔の存在や火気の保安について何ら注意を与えなかったことが債務不履行にあたると主張するので判断する。

(一)  本件のように営業用ガスレンジという火力を使用する危険な製品の製造納入をするメーカーは、製品の納入に際しその安全な使用法を十分に指示説明すべき契約上の義務を負い、これをしなかった場合には、よって生じた損害につき債務不履行(不完全履行)責任を負担するものと解すべきである。

(二)  ところで、被告が右の義務を履行しなかったことは前記四(2)に認定したとおりである。そして、被告が右義務を怠ったため、原告明禰においてレンジと壁の空間にステンレスを張って本件レンジを使用した結果、本件火災が発生したのであるから、右債務不履行と本件火災との間には事実上の因果関係があるというべきである。

(三)  進んで被告の過失について判断するに、本件のような中華用レンジにおいては調理中に食品の切はしなどが周囲ことにレンジの後方に落ちることは当然予想されるところであり、これを防ぐため傾斜面を取付けたレンジが多いこと、殊に前認定のように被告従業員の谷口光男は原告明禰が旧石炭レンジの使用に際し本件レンジに付き設けた覆いと同様なブリキの覆いを取りつけていた事実を受注する際目撃していることに鑑みれば、被告としては同原告が本件レンジを使用する際にも前と同様手段で壁との隙間を覆うであろうこと、ひいては本件建物に火災が生ずるであろうことを本件レンジの契約に際し予見し得たものというべきであるから、被告の前記不作為は本件火災という結果に対する予見及び回避義務に違反する過失あるものといわねばならない。

(四)  そこで、債務不履行責任に対する被告の抗弁につき順次判断する。

(1) 本件契約は請負契約であるから、目的物たる本件レンジ引渡の時から一年を経過した時点で被告の契約上の義務はすべて消滅した旨の抗弁について。本件契約は被告が専ら自己の材料を用いて製作した物(不代替物)を供給する契約であるからいわゆる製作物供給契約に該当するというべきである。そしてかかる契約はいわゆる混合契約として請負に関する規定と売買に関する規定との混合的適用を受けるものと解すべきところ、完成した本件レンジを原告方に持参して、原告方の人手をかりて調理場に据えつけた引渡の段階に対しては、そこにおける当事者間の関係が売買におけるそれに類似することに鑑み、売買に関する規定を適用するのが相当と思料される。そして右引渡の段階における前記債務不履行に対しては、原告明禰は民法五七〇条・五六六条の準用により不履行の事実を知ったときから一年以内に損害賠償の請求を為すことを要すると解するのが妥当であるというべきところ、本件において不履行の事実を知るとは単に被告が引渡に対し何ら火気の保安に関する注意をしなかったことを認識したのみでは足りず、それにもとづく事実の経過があって現実に失火の事実が生じたときに同原告は右債務不履行にあったことを初めて認識し得たものであることは明らかであるから、その時から一年以内に請求をなすべきところ、本件訴訟が右期間内に提起されたことは本件記録上明らかである。したがって、本件契約に売買に関する規定の適用されないことを前提とする被告の抗弁が失当であることは明らかである。

(2) 本件レンジ引渡後の保管責任は原告側に移ったから被告の右債務不履行の事実と本件火災との因果関係が中断したとの抗弁はその真意を捕捉し難いが、これが事実上の因果関係がないとの趣旨であればその採用できないこと前記(2(二))のとおりであるし、損害としての相当因果関係性がないという趣旨であれば、これまた当裁判所の左袒し難いところである。

(3) 過失相殺について。被告は原告方の調理人黒沢東迪が本件レンジの排気孔の存在を知っていたと主張するけれどもそれはいずれも具体的な事実の主張ではなく、むしろ理くつの主張である。或程度事実的裏づけがあるとも見える、黒沢が本件レンジの設置を手伝ったからという点も、証人黒沢の証言によれば、本件レンジは非常に重いものであって設置に熱中していたから排気孔に気づかなかったことが認められるのであって、悪意を認めることはできない。釜を上げれば排気孔の一方の口が見えるということもこれによってレンジ後部に排気の出口があることまでを知り或は知り得べきであったとする根拠とはなし得ないというべきである。何よりもレンジ背後の空間を塞いでレンジを使用していた事実は排気孔が後部にあることにつき原告らが善意であったことを示す事実であると思われるし、注文者がメーカーを信頼してさして危惧の念を抱かずに製品を使用する態度を指して過失ありと非難することも相当でないというべきである。これを要するに被告主張の黒沢の悪意を認めるに足りる証拠はないから、右抗弁も採用できない。

七  そこで原告明禰の損害について考える。

(一)  同原告は物損として別表記載のとおりの主張をなし、同原告本人尋問の結果により成立を認める甲第五号証には右主張に添う記載のあることが認められる。しかし、同号証は火災保険金請求の資料として同原告において作成した資料であって、これのみをもって直ちに同額の損害ありと認定することはできない。のみならず同原告の主張から明らかなように、右物損はいずれも火災保険会社の査定による損害額の填補を受けているのであって、右の査定が著しく不相当であったとしない限り、原告主張の損害は認められない理である。損害が保険金額を超過することを保険会社が認めて保険金額全額を支払った場合に差額を請求するというのなら格別(≪証拠省略≫によれば、本件は保険金額の枠内で処理されていることが認められる。)、保険会社が査定して保険金を支払うときは、その査定に一応の意義を認めるべきであって、他に実損害額が保険により填補された額を超過することを示す証拠がないのに、単に保険会社の査定額が一般に低すぎるというだけのことから支払保険金額の三倍弱の損害ありとなすことは到底できない。これを要するに、原告主張の物損はこれを認めるに足りる証拠がないというに帰する。

(二)  休業補償について、≪証拠省略≫によれば、三好食堂は火災後休業し、再び開業するまで一二〇日間休業したこと(この点に関する原告明禰の供述は措信できない)、同食堂は高崎市の中心街の店舗・住宅の密集する繁華街に位置し、客席八八人分を有する二階建食堂であって、常時一〇名位の従業員を使用し、本件出火当時少なくとも月間三〇万円の純益をあげていたことを認めることができる。とすると原告明禰の休業損害は右休業日数一二〇日(四ヵ月)間に少なくとも一二〇万円となるわけであり、これは被告の債務不履行により生じたものというべきところ、これを一日あたり一万円と計算することも背理ではないから、一二〇日分として同額の金員の支払を求める原告の請求は理由がある。なお右損害が民法四一六条にいわゆる特別損害にあたるとしても、被告がこれを予見し得たことは叙上認定の事実関係から明らかである。

八  以上によれば、原告明禰の請求は一二〇万円とこれに対する履行期後の昭和四四年四月一日から完済まで年五分の割合による損害金の支払を求める限度で理由があり、同原告のその余の請求および原告孝一の請求は理由がない。よって右理由のある限度で認容し、その余を棄却することとし、民訴法八九条、九二条、一九六条を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 清水悠爾)

〈以下省略〉

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